Our Mission(社憲)
われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう
オムロンは、ファクトリーオートメーション(FA)、ヘルスケア、社会システムといった多岐にわたる分野で、長年にわたりその存在感を示し続けている1。短期的な市場トレンドに追従する企業とは一線を画し、その強靭さと革新性は、単なる技術力だけでなく、数十年前(1959年)に確立された揺るぎない企業理念に根差している2。
その根幹をなすのは、「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という社憲である1。これは単なるスローガンではなく、オムロンの戦略、文化、そして行動を深く形作る指針として機能している。
本稿では、オムロンがいかにしてこの foundational philosophy(基礎となる哲学)を経営に落とし込み、それが戦略的方向性(長期ビジョンSF2030など)、イノベーションの焦点(「センシング&コントロール+Think」)、組織文化、ブランド評価、そして社会的・経済的価値の創造に具体的な影響を与えているかを分析する。これにより、パーパスドリブン経営(目的主導型経営)による持続可能な成長の要諦を探る。
オムロンの経営の根幹には、1959年に制定された社憲「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」が存在する2。これは、2015年の企業理念改定時にも、今後も変わることのないオムロンの存在意義(ミッション)として再確認された3。
創業者 立石一真がこの社憲に込めたとされる二つの意味合いは、オムロンの経営哲学の核心を示している1。
第一に、「企業の公器性」である。企業は社会に役立ってこそ存在価値があり、利潤はその結果としてもたらされるという考え方だ1。これは、企業が単なる利益追求組織ではなく、社会の発展に貢献する存在であるべきだという強い信念を表している。
第二に、「自らが社会を変える先駆けとなる」という決意である。よりよい社会は待っていて訪れるものではなく、誰かが挑戦してこそ新たな価値が生まれる。オムロン自らがその先駆者となり、ソーシャルニーズを創造していくという強い意志が込められている1。
特筆すべきは、オムロンが2022年にこの社憲の精神を定款第2条に明記したことである1。社憲制定から60年以上を経て、その精神を法的文書に組み込むという行為は、単なる理念の再確認を超えた意味を持つ。これは、企業理念が経営における一時的な方針ではなく、永続的かつ絶対的な、揺るぐことのない中核であることを内外に示す強力なメッセージである。グローバル化やM&Aが進む現代において、企業のアイデンティティの根幹を法的に担保することは、将来の経営陣をも拘束し、理念経営の永続性を確保しようとする強い意志の表れと言える。この類稀なコミットメントは、株主、従業員、社会といったステークホルダーからの信頼を高め、理念が単なる美辞麗句ではないことを証明する。
社憲は、オムロンにとって変わることのない「北極星」として、具体的な経営戦略や長期計画の策定を導く4。それは、企業活動の「Why(なぜ)」を定義し、「What(何を)」、「How(どのように)」を方向付ける根源となる。
この普遍的な哲学を、時代ごとの具体的な目標に落とし込むメカニズムが、約10年先を見据えた長期ビジョンである4。過去には「Golden '90s」や「GD2010」、「VG2020」などが策定され5、現在は「Shaping the Future 2030(SF2030)」が進行中である4。
SF2030は、社憲の精神に基づき、「人が活きるオートメーションで、ソーシャルニーズを創造し続ける」ことを目指している4。その中核には、オムロンのコア技術「センシング&コントロール+Think」があり、これを通じて持続可能な社会の実現に貢献することが明示されている4。具体的には、未来の社会課題として「カーボンニュートラルの実現」「デジタル化社会の実現」「健康寿命の延伸」という3つの領域を特定し、事業を通じてこれらの解決に注力する方針を示している4。これらは、社憲が目指す「よりよい社会」の現代的な解釈と言えるだろう。
オムロンが長期ビジョン策定において未来予測(SINIC理論など、その直接的な言及はないものの長期視点から示唆される4)を重視し、まず「ソーシャルニーズ」を捉え、そこから事業戦略を導き出すアプローチ2 は、その理念主導型経営を象徴している。理念が社会への貢献を第一義とするため、未来の社会課題やニーズを的確に予測する能力が戦略的に不可欠となる。これは、市場の需要や競合の動向のみを起点とする戦略とは一線を画す。この「ソーシャルニーズ・ドリブン」なアプローチは、社会善に合致した未開拓の事業機会(ブルーオーシャン)を発見し、投資する可能性を高める。結果として、研究開発やイノベーションは、短期的な市場性だけでなく、長期的な社会的インパクトを志向することになる。
表1:オムロンの企業理念体系の主要要素
定義 | 内容 |
---|---|
Our Mission(社憲) | われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう <br>出典: www.omron.com |
経営のスタンス | 私たちは、「企業は社会の公器である」との基本的考えのもと、企業理念の実践を通じて、持続的な企業価値の向上を目指します。 • 長期ビジョンを掲げ、事業を通じて社会的課題を解決します。• 真のグローバル企業を目指し、公正かつ透明性の高い経営を実現します。• すべてのステークホルダーと責任ある対話を行い、強固な信頼関係を構築します。 <br>出典: www.omron.com |
長期ビジョン (SF2030) | 人が活きるオートメーションで、ソーシャルニーズを創造し続ける (カーボンニュートラルの実現、デジタル化社会の実現、健康寿命の延伸) <br>www.omron.com |
コア技術 | センシング&コントロール+Think <br>www.omron.com |
(出典:1)
オムロンは、「よりよい社会をつくる」という抽象的な目標を、具体的な技術戦略へと昇華させている。その核となるのが、独自のコアコンピタンス「センシング&コントロール+Think」である6。これは、単なる技術のスローガンではなく、社会課題解決という理念を実現するための具体的な手段として位置づけられている。
このコア技術は、オムロンの多様な事業領域において、社会のニーズに応える形で展開されている1。
ここで重要なのは、オムロンが技術力(「センシング&コントロール+Think」)を、あくまで理念(社会課題の解決)を達成するための「手段」として明確に位置づけている点である6。社憲が「よりよい社会」の実現を至上命題としているため、歴史的に培ってきたオートメーション技術5 を、その理念達成のために戦略的に活用するという選択がなされている。これは、技術開発が技術的可能性のみを追求するのではなく、社会への貢献ポテンシャルによって方向付けられることを意味する。このアプローチは、技術が目的から乖離することを防ぎ、研究開発や事業開発が常に企業理念と連動することを保証する。結果として、より意義のあるイノベーションが生まれ、社会貢献と結びついた強力なブランドアイデンティティが形成される。また、新規技術への投資や企業買収(例:産業用ロボットメーカーAdept TechnologyやモーションコントロールのDelta Tau Data Systemsの買収9 は、「センシング&コントロール+Think」を強化し、FA領域の課題解決を加速させるというSF2030の目標達成に資すると判断された可能性が高い)を評価する際にも、理念への合致が重要な判断基準となる。
オムロンの歴史は、その企業理念が具体的なイノベーションや社会貢献活動として結実してきた軌跡でもある。
また、近年の事業ポートフォリオの再編(M&Aや事業売却)も、企業理念と長期ビジョン(SF2030)というフィルターを通して行われていると考えられる。例えば、車載電装部品事業の売却9 は、SF2030が掲げる注力ドメイン(カーボンニュートラル、デジタル化、健康寿命延伸)との整合性を考慮し、リソースをよりコアな領域に集中させるための戦略的判断であった可能性がある。一方で、前述のロボティクス企業買収9 や、医療情報サービス企業JMDCとの資本業務提携9 は、「センシング&コントロール+Think」の強化や「健康寿命の延伸」というSF2030の目標達成に向けた布石と解釈できる。
このように、オムロンの理念は、単に新しいものを生み出す「イノベーションの推進力」となるだけでなく、事業の取捨選択を行う際の「戦略的規律」としても機能している。社憲の「先駆け精神」が新しい挑戦を促す一方で、「よりよい社会」への長期的かつ効率的な貢献という視点が、事業ポートフォリオの最適化を促す。つまり、理念に照らして、自社の強み(「センシング&コントロール+Think」)を活かせ、かつ優先する社会課題(SF2030)解決への貢献度が低いと判断された事業からは、たとえ収益性があっても撤退するという意思決定が行われうる。これは、オムロンの理念が単なる「善行」の推奨ではなく、目的達成のためにリソースを集中させ、最大のインパクトを生み出すための、持続可能な経営戦略の基盤となっていることを示唆している。
表2:オムロンの理念に基づく主要な歴史的アクション
年代 | イベント/アクション | 理念/戦略との関連 | 出典例 |
---|---|---|---|
1959 | 社憲制定 | 経営の根幹となる理念を確立 | 2 |
1960-1971 | 無接点スイッチ、自動信号機、無人駅システム、オンラインATM開発 | 「先駆け」精神によるソーシャルニーズ創造 | 5 |
1972 | オムロン太陽株式会社設立 | 「よりよい社会」「人間尊重」の具現化 | 5 |
1990 | 長期経営ビジョン『Golden '90s』始動、オムロン株式会社へ商号変更 | 理念に基づく長期視点の経営開始 | 5 |
2015 | 企業理念体系改定(社憲をミッションと再定義) | 理念の普遍性を再確認 | 11 |
2015 | Adept Technology、Delta Tau Data Systems買収 | コア技術強化によるFA領域の課題解決加速 | 9 |
2019 | オムロンオートモティブエレクトロニクス売却 | 事業ポートフォリオの戦略的見直し | 9 |
2022 | 長期ビジョン「SF2030」発表 | 現代の社会課題解決に向けた方向性提示 | 4 |
2022 | 定款に社憲の精神を明記 | 理念の永続性・中心性を法的に担保 | 1 |
2022 | JMDCと資本業務提携 | 「健康寿命の延伸」目標達成に向けた連携強化 | 9 |
継続的 | Best Japan Brands選定、DJSI、CDP等での評価 | 理念経営がブランド価値・サステナビリティ評価に貢献 | 7 |
(出典:1)
オムロンの企業理念は、その組織文化にも深く浸透している。社内外の資料からは、理念に根差したいくつかの重要な文化的特徴が浮かび上がる。
オムロンは、これらの理念に基づく文化を、単なる標語としてではなく、具体的な仕組みを通じて組織内に浸透させ、活性化を図っている。
これらの取り組みは、オムロンが企業文化を、理念を組織の隅々にまで行き渡らせるための重要な経営資産と捉え、受動的に形成されるのを待つのではなく、能動的に、かつ体系的に育成・管理していることを示している。理念は、書かれた言葉だけでは力を持たない。それを従業員が日々の行動で体現して初めて意味を持つ。TOGAやVOICEのような具体的な施策、そして一貫したコミュニケーションは、抽象的な理念を具体的な行動規範や共有された価値観へと転換するための触媒として機能する。このような文化への投資は、従業員のエンゲージメントを高め、理念に共感する人材を引きつけ、定着させ、結果として戦略の一貫した実行を可能にする。
深く根付いた理念と、それに基づく一貫した行動は、オムロンの外部からの評価、すなわちブランド価値やステークホルダーからの信頼へと繋がっている。
理念に基づいた行動、例えば社会貢献活動(オムロン太陽など)、倫理的な事業運営、そして長期的な視点に立った経営2 は、顧客、従業員、株主、地域社会といった多様なステークホルダーとの間に強固な信頼関係を築く礎となる。
外部からの評価は、理念経営の成功を示す指標となりうる。
これらの要素が企業価値や株価に与える影響について、直接的な因果関係を証明することは困難だが、理念に基づいた強固な文化と戦略は、以下のような好循環を生む可能性がある。
オムロンのブランド価値やサステナビリティ評価7 は、長年にわたり一貫して発信され、実践されてきた企業理念15 と密接に連動しているように見える。ブランドの評判は、一貫した行動とコミュニケーションの積み重ねによって築かれる。オムロンの場合、その行動(イノベーション、社会貢献、組織文化)は、不変の理念によって明確に方向付けられている。この「言行一致」が生み出す真正性(オーセンティシティ)が、ステークホルダーからの信頼とポジティブなブランド連想を醸成する。したがって、オムロンのブランド価値は、単なるマーケティング活動の成果ではなく、深く根差した理念主導型経営から有機的に生まれる副産物と言える。これは、理念こそがブランドの核であり、ブランド強化の取り組みは、理念の実践を深化させる取り組みと不可分であることを意味する。このような真正性に裏打ちされたブランド構築は、表面的なイメージ戦略では模倣困難な、強力な競争優位性の源泉となる。
オムロンの永続的な成功は、1959年に制定された社憲への揺るぎないコミットメントと深く結びついている。本稿で分析したように、この foundational philosophy は、単なる形式的な存在ではなく、経営のあらゆる側面に浸透し、具体的な成果を生み出す原動力となっている。
その影響は多岐にわたる。第一に、理念は長期的な社会ニーズを見据えた明確な戦略的羅針盤(SF2030)を提供する。第二に、独自のコア技術(「センシング&コントロール+Think」)を社会的インパクトの創出へと方向付ける強力なイノベーションエンジンとなる。第三に、挑戦と尊重を重んじ、従業員のエンゲージメントを高める強靭な組織文化を育む。そして第四に、その真正性と一貫性が、社会からの信頼と高いブランド価値を構築する。
オムロンの事例から得られる重要な示唆は、企業理念が単なる飾りではなく、経営の「憲法」として機能しうること、そしてそれが戦略的先見性を導き、イノベーションと規律の両方を促進するツールとなりえることである。さらに、理念は組織文化として能動的に育成されるべきものであり、その実践こそが、模倣困難なブランド価値の源泉となる。
オムロンは、経済的リターンと並行して社会的貢献を優先することが、いかにして持続的な企業価値向上に繋がりうるかを示す好例である。変化の激しい未来においても、この揺るぎない理念を拠り所に、オムロンは進化する「よりよい社会」の実現に向けて、新たな価値を創造し続けるだろう。その歩みは、パーパスドリブン経営の可能性を探求する多くの企業にとって、貴重な示唆を与え続けるに違いない。
オムロングループの企業情報 | インターンシップ・新卒採用情報からES・面接対策まで掲載!キャリタス就活, 4月 12, 2025にアクセス ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9 ↩10 ↩11 ↩12 ↩13 ↩14 ↩15 ↩16
INTEGRATED REPORT 2024 - OMRON Corporation, 4月 12, 2025にアクセス ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
7年連続で「ベストジャパンブランド」に選定 | オムロン株式会社のプレスリリース - PR TIMES, 4月 12, 2025にアクセス ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
テクノロジー 健康をつくる技術 - オムロン ヘルスケア, 4月 12, 2025にアクセス ↩
【開催レポート】2022年6月度 東京第20回フォーラム - 一般社団法人 ブランド戦略経営研究所, 4月 12, 2025にアクセス ↩
わが社の企業行動指針 5 オムロン株式会社 - 「企業の公器性」をうたった社憲の精神, 4月 12, 2025にアクセス ↩ ↩2 ↩3
「できません」と云うな | 書籍 - ダイヤモンド社, 4月 12, 2025にアクセス ↩
企業理念実践経営について考える | QUICK for Biz, 4月 12, 2025にアクセス ↩
井垣流PRメソッドを学ぶ。 - 公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会, 4月 12, 2025にアクセス ↩ ↩2 ↩3
オムロンの企業理念とは~理念経営は何をもたらすか~ | 人事コンサルティングの株式会社ピース, 4月 12, 2025にアクセス ↩
新卒採用情報|オムロン - OMRON Global, 4月 12, 2025にアクセス ↩
オムロン、8年連続で「ベストジャパンブランド」に選定 | ニュースルーム - OMRON Global, 4月 12, 2025にアクセス ↩
センシング&コントロール+Think
人が活きるオートメーションで、ソーシャルニーズを創造し続ける (カーボンニュートラルの実現、デジタル化社会の実現、健康寿命の延伸)
われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう
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